キーワード:児童虐待、認知機能、心理検査、発達障害、愛着障害
虐待の長期化は、子どもの発達を著しく阻害し、脳へのダメージも大きいといわれており、その後遺症として、発達障害に酷似した症状を引き起こすといわれる。虐待の早期発見と適切な介入等、長期的な心理社会的支援などの確立が急がれる一方で、虐待の影響が発達期の脳発達に及ぶ影響をさらに多角的に検討を深め、多様性に富む臨床像に対する支援の方向性を見いだす必要性がある。
背景
虐待された子どもたちはその不適切な養育環境が発達期の脳に影響を及ぼし、その臨床像は現在第四の発達障害とも報告されている。第四の発達障害とは、杉山(2007)が呼んでいるもので、第一の障害を、精神遅滞、肢体不自由などの古典的発達障害、第二は、自閉症症候群、第三は、学習障害、注意欠如多動症などのいわゆる軽度発達障害、そして第四の発達障害としての子ども虐待であるとしている。黒崎ら(2013)は、この虐待により、以下のような臨床像が出るとしている。
→1。外傷性ストレス障害(PTSD)、抑うつ、注意欠如多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)に類似した反応性愛着障害、解離性障害などの心理的・精神的問題
2。行為障害や非行、自傷行為、触法行為などの行動上の問題
3。学習行動の問題といった学習上の問題
実際、杉山(2007)によると、子ども虐待では、多動性の行動障害、徐々に解離症状が発現したり、非行やうつ病、最終的には複雑性PTSDへ移行するなど、自身の患児に発達障害様症状を呈することを著している。
対象 2007年~2011年に小児科に受診した被虐待児21名(身体的虐待10・心理的虐待20・ネグレクト2・性的虐待2)(重複あり)
ケース検討1
前父と実母から身体的虐待および心的虐待を受けた、6歳 5ヵ月の女児に、K-ABC(Kaufman Assessment Battery for Children)検査(K-ABC心理・教育アセスメントバッテリー)、HTP検査(House-Tree-Person Test)を実施した。検査の結果を総合的にみると、女児の独特な表現方法から、隠れた空想の世界に安堵できる居場所を探している心境や、現実感をもつ一方で、きわめて低い自尊感情、孤立感そして他者との交流への不安や敵意などを抱いていることがうかがえた。また、柔軟に振る舞うことができずに、解離行動の可能性が存在し、すべての検査を途中でやめたがるなど、心の内側をみられることへの
抵抗や恐れが考察された。その後、6歳の検査時には、家族や他者に対して精神的交流をもてず、環境に対し抵抗感や拒否感を抱いていた。その後、2年後の8歳の検査時では、周囲の人々に回避的あるいは警戒的で、緊張や不安の高い状態にあった。また、二極的
な思考と二面性が存在し、不安や攻撃性を露呈する面が存在した。また心的エネルギーの低下がみられ、恐怖感を自分の思考や体験から、分離もしくは解離させている可能性が高いと解釈できた。
杉山(2007)は著書の中で、「被虐待児の場合、しばしば非常に幼いころから、生き残るための戦略として解離を用いていることが少なくない。」と述べている。虐待を受けている状態の時に意識を飛ばしているようなことも起こっている。上記の例においても、恐怖感を自分の思考や体験から、分離もしくは解離させている可能性が高いと解釈されているということからも、虐待と発達障害の関係性はきわめて密接だといえる。
ケース検討2
急性腹症を主訴で小児外科に入院した11歳女児で、腹腔鏡などの精査を施行するが、器質的な異常は見つからなかった。しかし、入院中も夜間、冷や汗まじりの強い腹痛が続き、心身症の診断にて外来での治療を継続するなかで、父親からの性的虐待を受けていることが判明した。KABC検査では、同時処理95、継次処理84、習得度86と同時処理優位であった。SCT検査(抜粋)からは、「もしも私が→生まれ変わるとしたらまた女はいやです。」「お父さん→とは何年も話したことも会ったこともないです。」などの回答がみられた。さらに、「私が怖いのは→そのときによって違います。でも夜はあまり好きじゃないです。(一人でいるのが)」などの回答があった。総合的解釈として、本ケースは対処能力および、心的エネルギーの低さがうかがわれ、複雑で曖昧なものを避ける傾向にあるものと考えられた。情緒的な苦痛を感じているものの、その心理的過負荷状態を認知できず、あくまでも身体の不調として、自分が受け入れやすい形に置き換えている状況がうかがえた。この症例の女子は、18歳で9歳年上の男性と結婚するが、その夫との口喧嘩でフラッシュバックを起こし、パニックとなった。
杉山(2007)は著書の中で、「性的虐待でなぜ解離が起きやすいのかも了解できる。自分の体験として統合が困難な体験なのだ。」と著している。フラッシュバックを起こしたのもこのような意味があるのではないか。
結果
発達検査:行動情緒スコアは1症例を除いたすべての症例で正常値を下回っていた
パーソナリティ検査:10症例に実施。共通する特性として、自尊感情の低下、解離症状、対人交流の苦手さから生じると思われる全般性不安・抑うつなどが見られた。
杉山(2007)が、2001年6月から2006年10月まで、あいち小児センターで診察を行った子ども虐待の症例674件中、575名に発達障害様症状が見られたことも、この結果に沿うものであろう。
今後の支援に向けて
さまざまな心理特性を持つ被虐待児への支援は、さまざまな分野の専門家を必要とする。児童福祉司・臨床心理士・ケースワーカー・保健師・医師・看護師・保育士・教育者・児童指導員・スクールカウンセラーなどの専門職などが関与し、多職種で子どもと家族を支援できるような体制が必要である。そのためには関連する分野の専門機関と、医療機関との連携を円滑にし、長期的な支援の構築が急務であり、専門家の児童相談所や児童養護施設などへの十分な配置についても検討しなければならない。
連携の観点から述べれば、杉山が在籍していたあいち小児センターの心療科は医師と心理士がチームを組んでおり、虐待診療の経験豊富な心理士が、虐待対応心理士として医師と共に治療チーム全体の指導を行っている。また、隣に大府養護学校(現:大府特別支援学校)という病弱養護学校があり、そこに病棟から通っているが、30メートル先の学校まで行けないこのために、大府養護学校の教師が小児センターの地下にある院内学級に来て、授業をしてくれる。さらに、その院内学級にも通うことが困難な児童の場合は、病棟が保育士で理学療法士、作業療法士、栄養士の協力を得て、独自のプログラムを作成した。それぞれ、保育士による遊び、理学療法士による運動、作業療法士による製作、臨床心理士による集団社会スキル練習、栄養士による調理活動が日替わりで組まれているなど、医療だけでなく、福祉や教育との連携がなされている。
考察
文献によれば、虐待が発達障害様症状を呈することは明白であると思われる。杉山が第四の発達障害と定義づけていることにより、今後は被虐待児に対するケアの方により重点を置かなければならない。医療・福祉・教育においても同様であるが、特に今求められるのは、教育現場における対応ではないだろうか。杉山の著書に「学校の管理者が、「我が校には虐待児など一人もいませんと断言されることがある。「じゃあこんな子はいませんか。何日も服を替えてこない。ふろにきちんと入っていない。落ち着かなくて、気分のむらが激しい。だれかれかまわずべとべと抱きつくが、ちょっと注意すると切れて大暴れをする。暴れた後や、しかられた後、ぼぉっとしてしまう。感情のこもっていない人形のような目で人を見つめる。弱いものいじめを繰り返す。求職をがつがつ食べるが太らない。すると、「そんな子はいっぱいいる」といわれるのが常である。「今述べたようなものが虐待児の特徴です」と言うと、驚いて考え込む。」という記述があるが、教育現場の管理者の認識がこうであるということに驚きである。医学臨床の結果を教育現場に活かしていくことが重要であり、それを行うことが真の連携であると言える。
参考文献:黒崎碧他(2013)「被虐待児における認知、行動、情緒機能の特徴における検討」「順天堂医事雑誌2013.59」P。490~495
杉山登志郎(2007)「子ども虐待という第四の発達障害」(学習研究社)